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志布志城跡

志布志(しぶし)城跡(じょうあと)(内城(うちじょう)・松尾(まつお)城(じょう)・高城(たかじょう)・新城(しんじょう)の4城を総称)は歴史的な経緯や規模、残りの良さなどから南九州を代表する戦国時代の山城として平成17年7月14日に国指定文化財になりました。
築城年代ははっきりしませんが、南北朝時代から室町時代にかけての争乱期に肝付(きもつき)氏や日向(ひゅうが)の伊東(いとう)氏、それに島津(しまづ)氏などが居城して、次第に規模も拡大、戦国期の最後の姿を今に留めています。
標高50m、南北約500m、東西約250mの規模で、シラス台地を掘削して築いた深い空堀(からほり)(水のない堀)で区切られ、土塁(どるい)(土の壁)や虎口(こぐち)(入り口)などの当時の遺構(いこう)(施設)の跡をみることができます。
また発掘調査も実施されていて、本丸跡などからは掘(ほっ)立柱(たてはしら)の跡と共に15世紀・16世紀代東南アジアや中国の壺や陶磁器(とうじき)などが発見され海上などを通じて交易のあったことが明らかになっています。一角からは眼下に志布志の街並み、志布志湾、その奥に大隅半島南部の 山々を眺望できます。

もっと詳しく知りたい方は、県立志布志高校前にある志布志市埋蔵文化財センター(無料)で模型や出土遺物の見学ができます。

志布志城跡模型

参考文献
・文化庁 .「志布志城跡」.文化遺産オンライン.
https://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/212100 (参照2023.9.29 )
・「志布志城跡(内城・松尾城・高城・新城跡)志布志町埋蔵文化財発掘調査報告書(34)志布志市(旧志布志町)教育委員会 2005

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